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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)630号 判決 1964年6月11日

控訴人

中島徹

被控訴人

久保田鉄工株式会社

右代表者代表取締役

小田原大造

右訴訟代理人弁護士

黒坂一男

馬淵健三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が、昭和三六年二月一日、山一証券株式会社に対して発行した一二六万株、野村証券株式会社に対して発行した一二六万株、日興証券株式会社に対して発行した一二六万株、大和証券株式会社に対して発行した一二六万株、大阪屋証券株式会社に対して発行した四八万株、大商証券株式会社に対して発行した四八万株、以上合計六〇〇万株の新株発行を無効とする。訴訟費用は一、二審共被控訴人の負担とする。」

との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次の通り附加したほか、原判決事実摘示の通りであるから、ここにこれを引用する。

控訴人は次の通り述べた。

一、被控訴人が、前掲各証券会社との間に、いわゆる買取引受契約を締結したことにより、株主以外の第三者たる右証券会社に本件新株引受権を与えたものであるところ、およそ株主以外の第三者に新株の引受権を与えるには、定款にこれに関する定めがある場合にも、必ずその引受権の目的たる株式の、額面、無額面の別、種類、数及び最低発行価額について株主総会の特別決議を要すること、取締役が右株主総会において、株主以外の者に新株の引受権を与えることを必要とする理由を開示しなければならないことは、商法第二八〇条の二第二項に明定しているところであり、取締役会が右のような株主総会の特別決議を経ることなく、第三者に新株引受権を与えたときは、その新株引受権の付与は無効であるから、これに基く新株の発行もまた無効であると解すべきである。従つて、株主総会の特別決議を経ずになされた被控訴人の本件新株の発行は無効である。

二、本件新株の発行価額は、株主に不利で証券会社たる第三者に有利な価額である。即ち、取締役会が決議した本件新株発行価額は、一株につき金二五〇円であるところ、本件新株発行日たる昭和三六年二月一日における、東京証券取引所における被控訴人の株式価額は一株につき金三〇九円で、発行価額より金五九円高かつた(更に、被控訴人は証券会社に対し、一株につき金七円の手数料を支払つている。)。のみならず、各証券会社においては、一般公募とは名のみで、証券会社の得意先、縁故者等のみに新株の割当を行つているのであつて、これにより株主に不利益を与えていることが明かである。

三、本件新株の発行を無効とすることによつて取引の安全が害される事実はない。

(一)  商法は、取引の安全保護については、次に述べる通り万全を期しているのであるから、明文のない取引の安全保護については、これを厳格に解さねばならない。

(1)  商法第二八〇条の一五は、新株発行の日から六ケ月以内に、訴をもつてのみその発行の無効を主張できる旨規定し、右期間を経過すれば、新株発行上の手続の瑕疵はすべて治癒されることとして取引の安全を保護している。右規定は、右期間内においては、新株発行の効力を法律上絶対的に保証しないことを意味し、会社債権者、及び、新株を転々流通におく者に対し、右期間内には稀少的にも無効の訴の提起があることの注意喚起の機会を与え、これによつて生ずべき損害の予防の工作をなさしめることにより、

(2)  同法第二八〇条の一六、第一〇五条第四項によつて、新株発行無効の訴が提起された場合は、会社は、遅滞なくその旨を公告し、質権者、新株主、会社債権者等に告知せしめ、これにより生ずべき損害の予防工作をする機会を与えることにより、

(3)  同法第二八〇条の一七によつて、新株発行を無効とする判決の効力について不遡及の原則を認め、

(4)  同法第二八〇条の一八第一項において、新株発行を無効とする判決が確定したときは、会社は新株の株主に対し、その払込金額の支払をなさしめることとし、同条第二項において、会社財産の状態が極めて良好で、これに照して右支払金が著しく少額であるときは、その増額支払がなされることがあることと定め、同条第三項は、登録質権者に対して、新株主の返還請求権につき、物上代位により優先弁済を受け得られるようにし、

(5)  同法第二六六条、同条の三により、新株発行を無効とする判決の確定によつて、新株主、質権者、会社債権者等が蒙つた損害については、以上の者は、会社及び取締役に対する損害賠償の請求権を行使できることとし、

もつて取引の安全の保護を図つているのであつて、新株発行の有効無効を判断するにあたり、取引の安全を顧慮すべき必要をみない。

(二)  本件新株の発行を無効とすることにより、取引の安全を害される対象は存在しない。

(1)  被控訴人の、本訴提起当時における払込済資本金は一三五億円であり、本件新株発行が無効とされることによる資本金の減少は、その二%強に当る三億円に過ぎず、被控訴人の歴史、国内及び国外の鉄工業界における名声をもつてすれば、右程度の減資を補填するための増資の如きは極めて容易であり、更に又、被控訴人の資産内容及び高度の信用は、本件新株発行を無効とすることによつて、会社債権者に経済的損害ないし精神的不安を与える原因は全く発生しない。

(2)  本件新株発行が無効とされた場合、株式取引の都度、その株式が無効とされた株式かどうかについて一々照会しなければならなくなるけれども、被控訴人の株主名簿は、いわゆるI・B・M方式による電子計算機によつて処理されているから、右のような照会に対しては、瞬時にして回答することができる。従つて、これにより取引の安全が害されることは起り得ない。

(三)  最高裁判所昭和三六年三月三一日判決(民集一五巻三号六四五頁)は、株主に対する新株の発行について、取締役会の決議がなされなかつた場合においても、代表権限のある取締役が新株を発行したときは、右新株の発行が有効であるとし、その理由の一として、かかる場合における新株申込人が、右決議の存否を容易に知り得べからざる善意の第三者であることを挙げているところ、本件新株の買取引受をした各証券会社は、いずれも本件新株発行について株主総会の特別決議を経ていないことを知つていた悪意の第三者であるから、本件新株の発行が無効とされることによつて、取引の安全が害されることがない。

(四)  新株発行を無効とすることによつて、無効株式回収の措置をとらねばならないけれども、右は、新株発行無効に関する規定が存在する以上当然のことであつて、これあるがために取引の安全が害されるということができない。(以下省略)

理由

一、控訴人が、昭和三六年四月一四日、訴外久米和四郎から、被控訴人の株式を譲り受けて株主になつたこと、同三五年八月一八日、被控訴人の取締役会において、新株式記名額面普通株式九、四〇〇万株を発行することとし、その内六〇〇万株を公募により発行し、その払込期日を同三六年二月一日とする旨を決議し、ついで、同年一月一六日の取締役会において、右公募六〇〇万株の発行価額を一株金二五〇円とし、控訴の趣旨掲記の通り各証券会社に買取引受させる旨決議した上、同日、右各証券会社との間に、右決議の趣旨通りの内容の買取引受契約を締結して、前記趣旨掲記の通り本件新株を発行したこと、被控訴人が、右各証券会社に買取引受させることについて、商法第二八〇条の二第二項による株主総会の特別決議を経なかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、よつて先ず、本件新株を各証券会社をして買取引受させることについて、商法第二八〇条の二第二項による株主総会の特別決議を要するかどうかについて判断する。

(一)  控訴人は、本件買取引受は株主以外の第三者たる各証券会社に新株引受権を付与するものであると主張するのに対し、被控訴人は、これを単に、新株を一般公衆に売出すための手段に過ぎず、これにより各証券会社に新株引受権を付与するものではないと主張するので考えてみるに、成立に争いのない乙第一号証に弁論の全趣旨を考え合わせると、本件買取引受契約は、(1)各証券会社が被控訴人に対し、本件新株を前示の通り引受け、(2)各引けた新株を引受価額と同額をもつて売出し、売出未了の残株が生じても、引受株全部に対する払込金を被控訴人の指定する払込取扱場所に払込む義務があり、(3)右払込がなされたときは、被控訴人はその証券会社に対し本件新株を発行すべき義務を負い、かつ、被控訴人の株主名簿に、原始株主として証券会社名が登録され、(4)被控訴人は各証券会社に対し、引受手数料(一種の危険負担料)として一株につき金七円を支払うべく、(5)不可抗力と認めらるべき事情が生じた場合のほか、双方右各義務を履行すべきこと等を、明示若しくは黙示の内容とするものであることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。

以上の認定事実によれば、被控訴人が株主以外の第三者たる各証券会社に対し、本件新株の引受権を付与したことが明かであつて、各証券会社が引受価額と同額をもつて、引受にかかる全株式をその顧客たる一般公衆に売出すことがあるからといつて右判断を左右するに足りないところであるから、本件買取引受をさせることについては、商法第二八〇条の二第二項により同法第三四三条所定の株主総会の特別決議を要するといわねばならない。

(二)  被控訴人は、本件買取引受が各証券会社に対し、新株引受権を付与するものであるとしても、商法第二八〇条の二第二項の立法趣旨及び目的からみて、本件新株の引受価額が公正なものである本件買取引受については右法案の適用がないと主張するけれども、右見解は当裁判所の採用しないところである。

商法がいわゆる授権資本制度を採用し、新株の発行については、商法又は定款に別段の定めがない限りこれを取締役会の権限である旨をその第二八〇条の二第一項に規定していながら、株主以外の者に新株の引受権を与える場合については、定款にこれに関する定めがあるときにおいても、引受権の目的たる株式の、額面無額面の別、種類、数及び最低発行価額につき、株主総会の特別決議を要し、かつ、取締役をして株主総会において株主以外の者に新株引受権を与えることを必要とする理由を開示することを要する旨同条の二第二項に規定しているのは、新株引受権を有する者に対しては、新株発行の価額につき特に有利の取扱をなすことが同法第二八〇条の三但書により認められているため、第三者に対する新株引受権の付与を取締役会の決議にまかせておくと、株主の利益を害せられるおそれがあるので、前記株主総会の特別決議を要することとし、かつ取締役をして、第三者に新株引受権を与える理由を開示せしめることとしたのであるから、その最低発行価額が公正であるかどうかも右決議の対象たるべきものと解すべきであるのみならず、新株の発行及びこれを株主を排除して株主以外の者に引受けさせることにより、一般的に新株引受権を有しないとはいいながらも、しかも新株が割当てられる機会があることを予期している株主の利益を害するおそれがあるところから、このようなおそれのある新株引受権を株主以外の者に付与することについては、これを取締役会のみの決議によらしめず、株主総会の特別決議を要することとし、もつて株主の利益の保護を図ることをもその目的としたまのであると解すべく、単に引受(売出)価額が公正であるからといつて右特別決議を不要ということができないと解するから、本件引受価額が公正であるかどうかについて判断するまでもなく、被控訴人の右主張は採用しない。

(三)  更に、被控訴人は本件のようないわゆる買取引受の方法は、ひろく株式会社間において採用され、今や増資の方法に関する産業経済界の健全な商慣習を形成しているから、これについて株主総会の特別決議を経る必要がないと主張するけれども、仮に、右主張のような慣習が存しているとしても、それは商法第二八〇条の二第二項の規定に違反するものであることが明かであり、従つて、慣習法としてその効力を認めることができないから、右主張も採用し得ない。

三、そこで進んで、株主総会の特別決議を経ることなく――商法第二八〇条の二第二項に違反して――なされた本件買取引受、ならびに、これに基く新株の発行を無効とすべきであるかどうかについて判断する。

(一)  前示の通りいわゆる授権資本制度を採用している商法は、新株発行の権限を、新株引受権を株主以外の者に付与することについて株主総会の特別決議を要する場合においても、取締役会に委ねている点から考えると、新株の発行は、株式会社の組織に関することとはいいながら、これを会社の業務執行に準ずるものとして取扱つているものと解すべきであるから、いやしくも対外的に会社の代表権限を有する取締役が新株を発行した以上、右第三者引受についての株主総会の特別決議がなされず、或は右発行についての取締役会の決議がなされていかなつたとしても、右各決議はいずれも会社内部の意思決定の問題に過ぎず、新株の発行自体を無効とするものではないと解すべきである(最高裁判所昭和三六年三月三一日第二小法廷判決、民集一五巻三号三〇九頁参照。)。けだし、既に新株が発行され、会社がこれにより拡大された資本金によつて活動を開始し、発行された新株が転々流通しているにかかわらず(前掲甲第一六号証によると、新株発行前においても一種の条件付売買が行われていることが認められる。)、新株の発行が無効とされると、商法第二八〇条の一七、及び、同条の一八の規定によつて、既に流通におかれた新株券の回収及び新株主に対する払戻の措置がとられるとしても、これにより取引の安全が著しく害せられるに至るからである。

もつとも、右のような解釈をとつた場合は、新株の発行が同法第二八〇条の二第二項に違反してなされるときにおいても、株主がこれを拱手傍観するほかはないのではないかという疑問が起るかも社れないが、株主は、右発行の方法もしくは価額が著しく不公正で、これにより株主が不利益を受けるおそれがあるときは、新株発行が効力を生ずる前においては同法第二八〇条の一〇の規定によつて新株発行の差止請求をすることができるし、更に必要があれば、右差止請求の訴を本案訴訟として新株発行差止の仮処分を求めることもできるところであり、又、新株発行が効力を生じた後においては、同法第二六六条の三の規定により、当該取締役に対し新株発行による損害賠償を請求し得る場合があることが認められ、同法第二六六条第一項第五号又は同法第二八〇条の一一の規定により、当該取締役又は新株を引受けた第三者が、会社に対し責任を負うべきことが定められ、その結果株主の利益が直接又は間接に保護されているのであるから、株主が新株発行を拱手傍観するのほかはないということができない。

(二)  控訴人は、当審における主張三において、本件新株の発行が無効とされても、これにより取引の安全を害される事実がないと主張するところ、商法が右(一)(1)ないし(5)主張の通り規定し、もつて、第三者の権利の保護を図つていることは右主張の通りであるけれども、かかる規定による保護があるからといつて、既に発行され転々流通している新株の発行を無効とすることにより、取引の安全が害される事実がないといえず、又、(二)及び(三)の主張事実が存しているとしても同様であるから、控訴人の右各主張は採ることができない。

四、してみると、その余の点について判断するまでもなく、株主以外の第三者たる本件各証券会社に対する本件新株の発行が無効であることの宣言を求める控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は結局相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。(裁判長裁判官小野田常太郎 裁判官柴山利彦 下出義明)

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